東京高等裁判所 昭和28年(う)1405号 判決
被告人 清芳夫
〔抄 録〕
原審裁判所において適法に証拠調をした、司法警察員に対する久保利彦の第一、二回供述調書、久保一彦の第一、二回供述調書、和田武喜、皆川勝美及び佐野初雄の各供述調書並びに久保利彦、久保一彦に対する医師宮本繁吾作成の各診断書の各記載並びに当審証人野村照男の証言を総合すれば、昭和二十七年十月十六日山梨県西八代郡栄村上佐野栄小学校佐野分校で演芸会が催されたとき、久保一彦、同利彦の兄弟は皆川勝美外数名のものと共に午後七時頃観覧のため同分校に行つたが、既に観覧席である教室が満員になつていて入れなかつたので廊下に立つて居たこと、その廊下には入口から三メートル位のところに婦人会が売店を出していたので廊下の奥へ通り抜けることができない状況になつていたこと、演芸会開催の挨拶が初まつた頃酔つた一人の男が廊下を通り抜けようとして大声を上げたのでその附近の人や一彦兄弟が「静かにしろ」と注意したこと、その時前記男の友人らしき被告人が人混みをかき分けて来て、利彦に対し「お前はどこか」とか、一彦に対し「お前だらう」等といい更に両名に対し「外に出ろ」と怒鳴りながら久保両名を引張るようにして入口の方へ行き、入口の土間附近で被告人はいきなり右両名をナイフで突きさし切りつけたこと、これがため両名は判示のような切創刺創を受けたこと、被告人が右両名を切りつけた後現場に来た村野照男は久保等と同行した前記皆川勝美外数名のうち一名がナイフを持つているのを認めたのでこれを取り上げたことを認めることができる。記録に現われた全証拠によるも所論のように久保等から挑発された口論に端を発して先きに同人等からナイフで切りつけられようとしたので被告人は身の危険を感じこれを排除するためやむを得ずナイフを取り出し切りつけたとの事実は到底これを認めることはできない。弁護人は、本件控訴趣意書に村野照男作成の実況目撃書と題する書面を添付提出しているが、その記載内容は当審証人村野照男の証言に照らし前記認定を覆すに足る証拠とはなし得ない。従つて被告人の本件所為を以つて刑法第三十六条に規定する正当防衛による行為なりとする所論は、その前提において失当であるからこれを認容することができない。